中之島、大阪市の特別な場所と言える公園。
大阪市北区の南端、大川が堂島川と土佐堀川に別れたあたりから、中之島公園が始まる。東西約3㎞、中洲の都市公園である。明治24年(1891)に、大阪市内で最初の都市公園として誕生した。
国の重要文化財に指定されている大阪府立中之島図書館(明治37年竣工)、中之島公会堂(大正7年竣工)というふたつの洋館があり、周辺には道修町、堂島など、大阪の歴史を感じられるまちがある。大阪府立図書館は住友家からの寄贈、中之島公会堂は岩本栄之助からの寄付により建てられたので、そのあたりも商都らしい歴史というべきか。
もっとも、堺筋が通る難波橋から東側は大正4年(1915)に埋め立て造成されたもので、現在の姿はそれ以後のもの、となる。
調べていると、公園となる以前の江戸末期には蔵屋敷が並んでいたそうで、それが今もそうのままだったら・・・と、少々残念ではある。
さて、大正4年に埋め立て造成された難波橋から東側は、長らく芝生の広場だった。昭和30年代にはバラが植えられて少し雰囲気が変化したが、時が経って昭和53年(1978)、広大なバラ園をつくろうという計画が持ち上がる。バラの専門家である津志元 貞氏の協力のもと、昭和56年(1981)に「中之島公園バラ園」が開設した。
創り手の工夫に感謝する。バラ園は西から東へ。
毎年5月と10月、バラ園は見頃を迎える。深緑の香りも楽しみついでに、2日間、バラ園を訪れた。初日は難波橋中ほどの階段から天神橋方向へ、翌日は天神橋から芝生広場を抜けてバラ園へ。
中央にバラ園、川沿いに小径が整備されており、ベンチがあり、カフェがあり、お気に入りの本を片手に1日過ごせそうな場所である。
大輪、小輪、さまざまな色や形をしたバラが咲いており、実に目が楽しい。それぞれのバラには品種と作者、そのバラが誕生した年代が記されたプレートがあり、ネーミングの面白さや、そんな古くからあるのか! な驚きにも楽しませてもらいながら、のんびりと歩く時間がそこはかとなく愉快なもの。
ふと、記載された誕生年が、奥へ進むほど新しくなっていくことに気づく。
実は平成21年(2009)、このバラ園は大リニューアルをした。その際、難波橋側から東へ向かって年代が進んでいくよう、植栽されたのだった。
大輪のバラというのは150年ほど前に誕生したそうで、難波橋から入ったあたりはその150年近く前の品種、そこからどんどん時代が進んで、バラ園中央の『ばらぞの橋』の先は、今世紀に入ってから誕生した品種。東側のバラの方が、花びらの重なりが複雑だ、なんて思うのはきっと、年代のことを知ったからに違いない。
都市公園は、旅の目的地にもなるのでは。
中之島バラ園の楽しみは、夜にもある。ここは24時間通り抜け可能な都市公園。街なかならではなビル群の明かりにほんのり照らされるバラを眺めるのも、趣きある夜散歩、ではないか。
心なしか昼間よりも夜の方が、バラの香りが濃いような気がしたし、なかなかオツな楽しみ方かもしれないナ、なんて勝手にほくそ笑む。
都市公園と聞くと、緑の環境が少ない都市部に造成したグリーン空間な印象があるが、中之島公園バラ園のような手の込みようは、都市公園だからできたことだ、とも感じる。
都市ならではの楽しみ方が公園にある、ともいうべきか。
このようなバラ園が地方の自然豊かな環境に誕生したら、きっともっと、ワイルドな咲き誇り方をしていたのだろう。
そういう意味でも、都市公園たる中之島公園バラ園は、大阪を旅する際に、歩いてもらいたい場所なのである。
バラの見頃は5月と10月だが、平成21年のリニューアルにより、通年咲く品種も植えられている。また、中之島自体が低地にあり、バラを守るため、川と中央部との境に盛り土をして川の水と風からバラを守る工夫がなされているのだが、そのおかげか、バラ園のベンチに腰掛けると、川沿いの建物低層階にあるカフェからこちら側が見えない。
ここに寝そべりスペースがあったなら・・・と。