出雲そばではなく「奥出雲の蕎麦」
雲南・奥出雲の道中で何度も「出雲そば」の看板を見かけた。
日本三大蕎麦といえば岩手県のわんこそば、長野県の戸隠そば、そして島根県の出雲そば。この出雲そばである。
あぁ、食べたいなぁ、どこにしようかなぁ、と店を探しているときに、奥出雲町には在来種の蕎麦があることを知った。「横田小そば」だ。
奥出雲一帯は6世紀頃に製鉄技術が伝わり、やがてたたら製鉄が始まり、大量に砂鉄を採取するために山を切り崩して土砂を川に流し、砂鉄を選別する「鉄穴流し(かんなながし)」という方法が採られるようになった。切り拓かれた土地はその後、段々畑として利用されることとなり、そこで蕎麦を栽培するようになったそうだ。それが在来種の「横田小そば」。
奥出雲は昼夜の寒暖差が激しいうえに、谷風が吹く。その環境下で育った蕎麦は力強い香りと味で、松江藩の殿様も食べていたと言われる。しかし「横田小そば」は小粒で収穫量が少なく、遅い収穫時期が災いして気候の影響を受けやすいため、次代が平成に入った頃には、絶滅に近い状態となっていた。
が、平成15年(2003)に復活プロジェクトが動き出す。保存されていた在来種の種をもらいうけて育て、収穫し、翌年また育て、収穫し・・・。5年の歳月をかけ、農家に種子を配布できるところまで復活、指定農家で「横田小そば」がまた栽培されることとなった。
とはいえ、大粒の蕎麦が主流の時代のため、奥出雲町全体でも、全蕎麦栽培面積の2割程度しかなく、いまだ“稀少そば”のまま。
戻る香りの強さ。
奥出雲町といえば八岐大蛇伝説の舞台であり、オロチを退治したスサノオの后となった稲田姫の故郷でもある。稲原地区が稲田姫生誕の地とされ、そこに、本宮から遷宮した稲田神社も鎮座している。
森の静寂に佇む社に向かって木漏れ日が美しい参道を歩いていると、右手に古い社務所があり「姫のそば ゆかり庵」とあった。ここは、在来種蕎麦好きが全国から訪れる蕎麦処。
現在の店主は二代目で、全国の在来種蕎麦を食べ歩く中で「横田小そば」に魅了され、移住し、蕎麦を育て、打つ日々を経て店を任されるようになった。
先代から受け継いでいるのは「地の食材のおいしさを伝えたい」という思い。「横田小そば」はもちろん、小鉢の野菜、おにぎりまで奥出雲産の食材を使う。
「横田小そば」は十割。これを割子で、季節の日替わりお総菜数種、ハデ干しした地元仁多米のおむすびなどがセットになった「横田小そばの蕎麦御膳」をいただいた。
やや細打ちの蕎麦はぶつぶつとキレることなく、弾力よく、噛むほどに味わいが豊かになる。口に入れた瞬間よりも、噛んでいると香りが強くなる“戻りの香り”を楽しめる蕎麦だ。
つい夢中になって食べ進んでしまうのだが、ふと顔を上げると、窓の外には稲田神社の境内が見えた。
蕎麦、店主、神社の三拍子で、心が穏やかになっていることに気づく。