旅の味

まねき食堂のえきそば

改札を出る前に、一番の目的が終わることもある

電車での旅は、駅そば、駅うどんが楽しみになることもある。
ふと降りたホームにふわりとだしが香ると、実はそんなにお腹が減っていなくても、「一杯だけね」と足を向けることもある。
立ち食いで、ファストフードではあるが、ハンバーガーなどのファストフードと大きく違うのは、旅情だろう。

今回立ち寄ったのは、改札内の立ち食いそばだ。兵庫県の姫路では「えきそば」の名で通っている、まねき食堂の「えきそば」。
運営しているのは姫路に本社を置くまねき食品である。明治22年に日本で最初に幕の内弁当を販売、その後、戦後の混乱がまだ続く昭和24年には、姫路駅構内で和風だしの中華麺の立売を始めた。やがてホームに店舗を構えることになり、現在に至る。販売を始めた年にはすでに「えきそば」の名を冠していたそうで、つまり戦後生まれの姫路の人にとっては、物心ついた頃には「姫路駅にえきそばがある」のが日常だった。

蕎麦ではなく、黄そばがいい。

店内には「NO EKISOBA,NO LIFE?」と洒落たポスターが貼られていた。
食券を買い、カウンターに出すこと2分ほどで出てくる「えきそば」。麺は黄そばだ。いつの頃からかは定かでないが、かつて近畿各地の中華そば店やその手のラーメン店では、麺は黄そばが中心だった。生まれも育ちも関西だという昭和前半世代に黄そばの話を聞くと、基本的には和風だしの黄そばを教えられるので、これがデフォルトなのだろう。あれこれ調べてもそのルーツは出てこないのだが、あながち、えきそばがルーツなんてことがあるのかも。
ちなみにJR姫路駅には、在来線下り店(駅弁も販売)と在来線上り店がある。姫路に行くときも姫路から帰るときも、電車を待つ間に駅そばが食べられる、というわけだ。下り店はオーソドックスな佇まい、上り店はかつての気動車急行を模した外観が目をひく。今回は大阪方面から下ってきたので、下り店へ。
券売機の前でちょっと悩むものの、シンプルに天ぷらえきそば、それに助六を合わせて…と思ったが、助六は早くも売り切れのため、いなり3個入りを合わせた。

うどんや普通の蕎麦も置いているのだが。

コシが強くなく、スープをそんなに吸わず、ノドをスルッと通る麺がいい。だしはやや熱め。しかし麺の芯まで熱いわけではないので、案外スルスルっといける。
麺を食べ進んでいるうちにスープの熱も落ち着いてくるので、そうなると、スープを吸ってふにゃふにゃになった天ぷらに箸が向く。
立ち食い蕎麦・うどんの隠れた主役はこいつではないかと思ってしまうほど、この既製品で、すぐにだしを吸う、天ぷらが愛おしい。白ご飯があれば頼み、ほどよくスープを吸った天ぷらをのっけて食べれば、笑顔。
ともかく、合間に天ぷらを楽しみ、また黄そばをすすり、入って10分もしないうちに、改札へと向かうのだった。
と、その前に。そういえば姫路は穴子も有名である。もちろんまねき食品では、駅弁にあなごめしがある。
在来線下り店は外に駅弁売店を併設しているので、向かってはみたのだが、売り切れていた。あなごは町で食べよ、ということか。

まねき食堂在来線下り店
兵庫県姫路市駅前町188−1 JR姫路駅山陽本線下りホーム

2020年10月

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