かにがない時期に、求めるものは。
鳥取県鳥取市、兵庫県新温泉町・香美町・豊岡市、京都府京丹後市にまたがる山陰海岸ジオパークを、勝手に松葉がにラインと名付けている。
そのなかでも兵庫県香美町の香住は、言わずと知れた松葉がにの町として知られている。と言い切ってしまうと少し語弊があるかも知れないが、一年でもっとも人が訪れるのはやはり松葉がに漁の期間中だから、まぁ、そう言っても過言ではあるまい。
しかし松葉がに漁は3月で終わり、それから先は、イカ漁となる。が、佐賀県の呼子を筆頭に、毎年旬宣言が発令されるといか好きがソワソワし始める「仙崎ぶとイカ」が名産の山口県長門市、鳥取県鳥取市や青森県八戸市といったように、イカを名産として打ち出している地域はほかにも結構ある。
それに、香住はこれといっていかを大々的に売り出していない。まぁ、山陰地方は全体的にいかの産地なので、香住だけが〜、というわけではないからだろう。
とはいえ、香住には民宿や旅館が何軒もある。ほとんどが通年営業している。さて、ここらに客は、何を求めて訪ね行くのか。
それを知りたくて、香住の民宿へ宿を取った。
何もない、に何かがある。
今回選んだ民宿は、町の中心部から少し離れたところにあった。それでも香住漁港のある中心部までは、車で10分もかからない。
町内で手に入れたパンフレットを見ると、漁港周辺に飲食店がいくつかあったので、せっかくだから夜はそこらでいただこうと決め、宿での食事は朝食のみお願いした。
「自分のところでとれたものばかりで作っているから、あまりたいしたことはないのですが」と女将が言ったその朝食は、裏で作っている米、野菜、それにカレイの一夜干し(これは山陰地方で馴染みのある食材)、それに白イカの刺身。
白イカはさすがの鮮度だ。むっちりとコリコリとトロリがうまいバランスで口の中で踊っていた。が、それよりも嬉しかったのは、近くで採れるというなめこの味噌汁、それに若竹煮。朝から満足度が高いことは、言うまでもなく。
時間を持て余していたこともあり、宿に連泊をお願いする。
で、翌朝。白イカは剣先イカになり、味噌汁は貝汁になり、小鉢は炊き合わせに。この朝も、笑みがこぼれた。
失礼を承知で女将に、かにのシーズン以外に客は何を求めて香住へ来るのか尋ねた。人それぞれだと思うが、季節が変わるたびにリピートする方が多いですね、と女将。
そうか、春と夏の間に訪れた私は若竹煮やあさりをいただいた。そんな感じで宿では、季節の味を楽しむのか。それに「たいしたことはない」ことが、元気な野菜だったり艶ッとしたお米だったりするものだから、それもまた、楽しみになる。
訪れることで知り、再訪を思う。
もうひとつ、香住のかには冬だけではない、と女将に教わった。
紅ズワイだ。その存在は知っていた。松葉がによりも漁期が長いことも知識としてはあった。松葉がにが3月で漁を終えても、山陰地方で唯一紅ズワイの水揚げがある香住では、6月いっぱい紅ズワイが食べられる。松葉がに漁を11月6日まで待つ間に、真純では9月から紅ズワイが食べられる。つまり香住にかにがないのは、一年のうち7月、8月の2か月だけなのだった。
訪れたのは5月。それならば夜は、紅ズワイを探してみるべきだった・・・と後悔してももう、帰路の時間が迫っている現実に悲しみを覚えた。
否、これこそ、再訪を誓うタイミングだ。どうせならまた連泊し、紅ズワイと松葉がにを各晩で楽しむことにしよう。
地の味も旅の楽しみなら、訪問地で知るあらたな話もまた、旅の悦楽への入口。
観光名所を訪ねなくとも、出かけるだけで、楽しいものなのだ。
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