旅の味

おかわり必至。多田屋のどて串。

ターミナル駅の近く、楽園の酒場。

 

和歌山市内で酒場を探そうと思うと、アロチやぶらくり丁を思い浮かべるが、楽園は、JR和歌山駅を下りて徒歩3分ほどのところにあった。
多田屋という。
右隣に酒販店「多田酒店」があり、そこから派生した、しかし角打ちではなく大衆酒場だ。昭和2年(1927)に開業した。入口には控えめに、しかし確固たる自信を感じせる力強さで「酒の歴史は数千年、多田屋はまだ95年」と書かれている。
営業は朝9時から。10時〜15時は定食もあり、朝から酒も飲めるし飲んでいる人もいるが、日中は主に食堂だ。
ガラスいっぱいの貼り紙の隙間から見える店内では、コの字カウンターにポツリ、ポツリと人の姿。まだ17時すぎ、そんなものか。

瓶ビールと、何かつまもう。そんな程度の気持ちだったが、壁に並ぶ赤札を見ていると、あれも、これも、と欲張り心がウズウズしてきた。
最初のひと品を迷っているところにおばちゃんが進めてくれたのは、どて串だった。さかばのどて串、どて焼きというと、くたっと柔らかくなったすじ肉が白味噌を吸って良い感じになっているものを想像する。そうだな、そんなものから始めて次の料理を思案しよう。
活魚に和牛、くえや猪鹿もある。粕汁も気になるところだ。

 

「結構難しいンよ」。にやりと笑うばあちゃんの自信

 

ひと串で頼むのは申し訳ないと、どて串をふた串お願いする。角皿に並ぶその串は、以外にも肉にしっかり角があった。
甘めの白味噌に包まれたすじ肉は、ややコリッとした食感を残し、とはいえ噛んでいるとホロッとなってゆく。おっと・・・と思いながら2串目に手を伸ばす。前でその様子を見ていた店のばあちゃんは「おいしいやろ、この食感ナ、結構難しいンよ」とニンマリ。いや、にやりと書いた方が近い。要するに自信作なのだろう。

まだ客が多くはない店内、店の二代目がこちらに来てくれた。人懐っこい笑顔で、ほかの料理について教えてくれた。
まぁ、聞いても選びきれるものではないが。
真イカの造りを頼むと、花形に盛りつけられてきた。むっちりとろりがしっかりわかる。
猪と鹿は串焼き。酒販店が母体であるから、和歌山の地酒、全国の銘酒がなかなかの種類で並んでいる。猪鹿は、日本酒で。
おでんもいい、と二代目が言ってくれたが、串物ばかりはなんだかなぁ、と遠慮した。

 

ここもまた、ターミナルなのだった。

 

19時に近付く頃になると、単身のおっちゃんがポツポツと入ってくる。
奥のショーケースからおかずを出し、1,2品追加で頼み、瓶ビールを飲んで帰っていく。親子丼をテイクアウトして夜食にするという人もいた。
常連にも一見にも、応対は同じ。ニコニコ、やんわり、1日の疲れや悩みや、そんなものごと包み込んでくれるような接客が心地良い。

いわしの団子汁、鯨料理、地魚の唐揚げも気になる。しかし、電車の時刻は迫っている。せめてあとひと品! おばあちゃんの推しは、山芋ジュジュ焼きだった。鉄板の上で山芋を焼くとジュジュッと言うからジュジュ焼きだそうな。それを溶き卵でとじたシンプルな焼き料理。熱々をハフハフと食べた。

店の奥には座敷があり、2階に大広間もある。ここでの宴会はさぞ楽しかろう。今宵座敷に席を取っていたならば、確実に帰路の電車を遅らせていた。それほどに、心地よかった。店も、人も、料理も。
仕事終わり、家路ではなく店へと急ぎ、知り合いとバッタリ会えば二代目を交え笑顔で食べ、飲み、各々家路へ散っていく。

このワンクッションは、今日をにこやかに終えるためのシメだ。

 

 

多田屋
和歌山県和歌山市美園町5丁目11−18

2022年8月

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