旅の味

太平洋の女王の味は、今も神戸に。「ビストロ ジロー」

陸に上がった洋食が、続く。

 

大阪の綿布問屋「根津清(通称)」の救済のため、同店から支援を受けていた谷崎潤一郎らが出資して
大東正信氏が昭和7年(1932)にオープンさせたレストラン「ハイウェイ」。
日本で初めて高速道路ができたのは昭和40年(1965)。そのもっともっと前に、神戸にハイウェイができたのである。

それは置いといて。

内装の豪華さから『太平洋の女王』とも評された日本郵船サンフランシスコ航路船「浅間丸」のコックだった大東八郎さんは、
谷崎らの尽力で弟が開いた店の二代目料理長となるため陸に上がり、店に入った。

その次男、大東二郎さんが「ビストロジロー」を営んでいる。
父から受け継いだ浅間丸の味が、ここにある。

 

名物は料理か、調理法か。

 

神戸の海側、三宮と元町を結ぶ三宮センター街の2本南、西に歩けばほどなくトアロードという細い通り。
狭めの入口から階段を上がった2階に店はある。カウンター8席の、小さな店。BGMは控えめなクラシック。

カウンターには奥様がおり、前菜を担当している。
客のオーダーが決まると、奥の厨房へ声をかける。
カウンター奥の壁にはもう何年も開いていないと思われるコニャックがあり、
そんなものを眺めながら、静かに時を待つのが、ここでの時間だ。

店のメニューには「名物メニューは、ビフカツにコロッケ」とある。エビフライも人気。

ちなみにここでのフライは、揚げない。客船内では火事を警戒し、揚げ物調理で極力油を少なくした。
揚げるのではなく揚げ焼き。ビストロ ジローでも、同じようにフライは調理される。
中でも「浅間丸風カニのクリームコロッケ」は、
オーブンでじっくり焼かれた熱々の、そして箸では持てないほどの柔らかさ。ファンが多いひと皿である。
そういえば厨房もさほど広くない。その空間も調理法も、総じて浅間丸風なのだ。

 

具がなくなったカレー

 

料理にはライス、サラダ、スープがつく。ライスは+550円で「ジローのカレー」にすることができる。
男性客がよく頼む「ジローのカレー」。辛いのではなくホロ苦い。見た目も少し黒め。そしてほぼ、具はない。
量は多くないが、十分に満足させていただけるこのカレーこそ、
実はメインディッシュと思ったりもする。記憶に残ってしまうのだ。

20数年前、初めて取材させていた折りに二郎氏が言っていた。
「本当はいろいろと入れているんです。しかしね、煮込んでいる間に溶けてしまいました」
見えはしないが、存在はある。だから折り重なったような複雑な味わいがある。

わざわざ聞くことはしないが、二郎氏と奧様はいいお歳だ。
後継は・・・との思いが、頭の隅っこに、カレーを食べながら浮かんでは消える。
そういえば初代「ハイウェイ」(震災で一度倒壊し、復活したためそう呼ぶ)を人気店にした八郎氏のお孫さんが、
そのレシピを受け継ぎ三宮の北側に店を構えている。

ジローは・・・。

 

ビストロ ジロー

 

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