日常のとなり。

寅さんの足跡に、ほっとする日本が、ある。美作滝尾駅

止まった時間は、いつのことか。

 

数年前のこと。JR因美線美作滝尾駅訪ねた。現在も昭和3年(1928)開業当時の木造駅舎が残り、線路脇から田んぼが広がっている風景に、時間が止まっているかのようだ、とも形容される駅だ。
昭和45年(1970)に無人駅となったのち、津山市に払い下げられ、地元の人々が運営委員会をつくって維持してきた。その熱心な保存活動のおかげで、平成20年(2008)に国の登録有形文化財に指定。

その駅に寅さんが降り立ったのは平成7年(1995)10月20日。シリーズ最終作となる第48作「寅次郎 紅の花」の冒頭シーンだった。駅員室で新聞を広げるおじさん。その目が追っていたのは尋ね人の欄だった。寅次郎の妹・さくらが出したであろう文言を読むおじさん、そこに、切符を買いに寅次郎がやってくる。ホームでトンボを見つけ、人差し指を回しながら捕まえようとする寅。その奥には緑豊かな田んぼと、農作業をするおばちゃん。
私の中で時が止まったのは、この平成7年。12月に48作は公開だった。その時にはすでに幾多の時を重ねてきた駅舎だが、寅次郎ファンとしてはここだ。第48作の撮影時、主演の渥美 清さんの体調は芳しくなかった。映像からもその様子は窺えるが、渥美さんは寅次郎を演じきった。そして翌年、天に昇られた。

駅舎前には2本の石碑がある。左手は「鐵道70周年記念」、右側には「男はつらいよ ロケ記念碑」。

思い出は、人の記憶ごとに違う瞬間で時を止めるもの。

 

 

『故郷』の香りがたちこめるような。

 

映画公開後の平成9年(1997)に美作滝尾駅を訪れた山田洋次監督は「寅さんと共に日本中の駅を見てきましたが、美作滝尾駅ほど美しい駅は、もう日本のどこにもありません。『故郷』の香りが立ちこめるような、消えようとしている日本の良き時代のシンボルのようなこの駅が、永遠にそのままであってくれることを、寅さんと共に心から願ってやみません。」と言葉を寄せている。
れから四半世紀が過ぎた日本は、その間にいくつもの「『故郷』の香り」を失ってしまったのだろうか。もちろん、地域の人々の手と努力で、佇まいが残っているところも多々ある。香りはどうだろう?
具体的な香りではなく、雰囲気が香ってくる、そこにいると記憶の中に留まっていた風景が映像として脳裏に蘇ってくるような。それを香りと表現したであろう山田洋次監督に頭が下がる思いで、誰もいない改札を抜け、ホームに立つ。

ボーッとしていても、飽きることはない。何があるというわけではないが、ただそこにいるだけで満足してしまう。そんな駅だった。

 

 

定点観測のように、足を運んでみる。

 

初めての場所へ、毎回違う場所へ足を向ける旅も面白い。が、思い入れを持てた場所に、数年ごとに足を運ぶ旅もまた、楽しい。
初めて訪れ、その後調べ、また訪れる。するとまた何かしらの発見があり、それをまた調べ、次回の確認事項とする。そんな繰り返しを目的とできる場所もある。地域は常に生きているのだから、変化し続けるもの。美作滝尾駅は、そのひとつになっていた。

「寅次郎 紅の花」公開以前は鐵道ファンに知られた駅だったが、映画公開後は全国的な知名度となり、寅次郎ファンが訪れるようにもなった。そして近年は、桜とローカル線の撮影場所として人気が出ていると聞く。
そんなことを思い出し、件の映画をDVDで観る。するとやはり、ふつふつと、あのホームに立ちたい気持ちがこみ上げてきた。

線路の向こうの田が若い緑にあふれる頃、爽やかな風を感じに訪れてみようか。

 

美作滝尾駅
岡山県津山市堀坂

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