日常のとなり。

旅に出て、風呂に入って目的地を探すこともあったり。

洗うだけではない楽しみがある、銭湯だが。

 

日本は温泉大国であると同時に、公衆浴場が多い国でもある。
もともとは「湯屋」として仏教伝来のあと寺院に誕生し、布教やそれに近い目的で、蒸気風呂として提供されることから始まった日本の風呂文化。江戸時代になり民衆向けの銭湯が誕生したのは天正19年(1591)と言われ、それから530年を経た今でも、各地に銭湯がある、日本。
とはいえ、昭和43年(1968)の最盛期には1万8千軒以上あった銭湯も、厚生労働省の調査によれば、令和3年度の一般浴場数は公営、私営併せて3,120軒。
スーパー銭湯などエンターテインメント性のある公衆浴場を含めるともっともっと数は多いのだけれど、純粋に風呂に浸かる場所は、減っている。もちろん近年は銭湯文化を見直す動きが各地で起こり、それらに伴い保存活動も活発になってきており、特色ある銭湯がそのままや、リニューアルののち今後も残っていく道に希望を感じてはいるのだが。

タイル絵、高温浴に低温浴、ラドンスチームサウナ、電気風呂、ジェットバス、歩行風呂、景色は楽しめないが露天風呂、脱衣所にある全身乾燥機、など、など。ややマニアックな特色を感じて回るだけでも、結構楽しいのが銭湯。
そして銭湯は、なぜか、旅を誘う。

なぜだろう。考えてみると、コミュニケーションの場、だからだと思った。

 

 

コアな情報を、銭湯で得ることができる。

 

旅に出、ある程度の規模のまちへ行き着くと、つい銭湯を探す。「どこを訪ねようか」と立ち寄り地を探すよりも先に、銭湯を探すのだ。
理由はひとつ。地元の人が気に入っていたり誇りに思っていたり、来訪者に自慢したい場所を知りたいから。

とはいえ、突然見ず知らずの自分がまちの人の憩いの場である銭湯へ行き、みなさんと話をすることは、ちょっとハードルがあるもの。声を発しづらく感じたら、聞き耳を立てればよい。例えば夕暮れの銭湯では、まちのひとが入浴後に行く飲食店の名前を聞くことができるかもしれないし、話題の場所が会話の中に登場するかもしれない。
運良く地元の人と話すチャンスを得たならば、まっすぐにローカルな情報を求めればいい。多くの場合、裸の付き合いの中ではみなさん親切に教えてくれるものだ。
なんなら入浴後に夕餉をご一緒する機会に恵まれることだって、ある。
これはスーパー銭湯や、リゾートスパのような複合施設では得られない価値ではないか。

求めれば得られる。勉学に限ったことではないのだ。
得た情報は、明日の自分の楽しみにもなる。今の時代はとかくインターネットで情報を得て動いてしまうものだが、ちょっと深掘りしたくなると、銭湯での情報戦の方がいいのではないか。何より、情報に人情が絡んでくることもあるから。

 

 

下町にて。銭湯でアイスコーヒーをいただく。

 

先日、下町っぽさがやや残る大阪のとある町を歩いた。14時、目の前に同一方向へ向かう高齢者の姿がやたら目につくな、と思ったら、その先に銭湯があった。
これといって急ぐ用事もないので、私もその暖簾をくぐる。
1時間ほど経って、火照りも冷めやらぬまま、ロビーへ。脱衣所で見た「14〜17時に入浴の方にはコーヒーサービス」の文字に惹かれたからだ。
アイスコーヒーをいただいてソファに腰掛け、フロントのおばちゃんたちの会話に耳を傾ける。近くの神社はやっぱりご利益があるとか、どこのなんとかさんが最近は見えないが元気なのかとか。これがとても心地よいBGMになるのだから、一人銭湯は愉しい。

大阪府の公衆浴場入浴料金は、全国で最も高い490円。こちらもそうだが、これにグラスいっぱいのアイスコーヒーがついているとするならば、お得だと感じでしまう。

とはいえグラスが空になったら、やっぱりラムネを買って飲むのだが。

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