日常のとなり。

足を浸ければ笑顔がこぼれる。南阿蘇の湧水群。

かつては小学校のプールでも使った、生活の水。

 

世界有数の規模を誇る阿蘇のカルデラで知られる、熊本県北東部の阿蘇五岳。
外輪山と呼ばれる、かつての阿蘇山の裾であるカルデラ縁の内側には3つの市町村があり、

それぞれに多くの湧水地を抱えている。阿蘇の湧水には中央火口丘系と外輪山系の2種類があるが、どちらも阿蘇に降り注ぐ雨は地下へ浸透し、そこで火山灰層を含む地層によってろ過され、ミネラルを豊富に含んだ水として地表へ戻ってきたものだ。外輪山系は約20年、中央火口丘系は30〜35年と、降り注いだ雨が湧水するまでの期間に違いがある。

3つの市町村のなかでも南阿蘇村は、熊本市内へ流れ込む白河の源流である白川水源をはじめ、9つの湧水があり、それぞれが、古くから農耕や生活に欠かせない水として大切にされてきた。

夏の暑い日、ひとときの涼を求めて南阿蘇の湧水群のひとつ、池の川水源を訪れた。
水量は毎分5トン。地元では数ある湧水の中でも特においしい水として知られ、水汲みに来る人が絶えない。
ちょうど水を汲みに来ていたおじいさんがいた。
こちらが足を浸けて声をあげていると、
「冷たかろぅ。そんでも、わしらが子供の頃は横に小学校があってな、ここの水をプールに貯めとったとよ。そりゃぁ冷たかったヮ」
と。

なんとも羨ましい話である。

 

 

水を大切にする。地域の人々が丁寧に暮らす。

 

こちらの水源から流れ出る水は、飲料用、生活用水用、灌漑用水用と水路を分けている。飲料用の方は、今でも数軒の家に給水されているそう。
これまた羨ましい。

飲料用の水汲み場で、水をすくっていただいてみた。
ほんのりあと口が甘い。これが家庭の蛇口から出てくるとは・・・。
炊く米も、数々の料理も、そりゃあおいしくなるだろう、と勝手に想像する。

湧水地の横には岩下神社という村の小さな神社があり、村の資料によると、毎年夏と秋に祭があり、御神酒を持ち寄って夜まで語り合う風習が今も続いているとのこと。
ちなみに湧水地の中央にはこんもりとした岩があり、兜岩と名付けられている。湧水量が多くなり、この岩が見えなくなるほどの水量になると、その年は雨が多くなり農作物は凶作、反対に岩の姿がバッチリ見えている年は豊作になると言われている。
先述のおじいさんは、「今でも水量は気にして農作業をしている」と言っていた。

そのような湧水地だからか、水の底も湧水地の周りも、駐車場も、とても綺麗に整えられていた。

県外から偶然訪れた家族の小さな子どもが水汲み場に足を浸けていたが、母親はすぐに、そこが足を浸けていい場所ではないことに気づき、足を浸けられる場所へ子を移動させていた。
地域の方々によって日々美しく整えられているからこそ、
茂みに隠れて注意書きの看板はあるが、強く主張する必要もなく、訪れる人は自ずと場の使い方に気づくのか。

訪れる人が多くはないが、この日もそこそこの人数が湧水を楽しみに訪れており、皆、笑顔だった。
ここにはきっと、自然に感謝する、丁寧な暮らしがあるのだ。

 

 

湧水は地域の宝だ。今までもこれからも。

 

阿蘇地域をはじめ熊本県や水が豊かな土地だと知られている。確かに、水量豊富な湧水地が各所にある。
が。突出して湧水地が多いわけではなく、環境省が公表している47都道府県別の湧水把握件数で見ると、湧水地数は8番目の604件。1位は愛媛県の3042件で、千葉県2182件、富山県1522件、沖縄県1246件と上位4県はいずれも1000以上の湧水地を持つ。
ちなみに全国総計は16046県、47都道府県すべてに湧水地がある。

全国を旅していて、近くに水が飲める湧水地があると聞けばとりあえず足を向けるようにしている。地域ごとにいろいろな味があり、水に紐づく物語があり、実に興味深い。
湧水を使った名物料理や菓子も多く、これまた旅の楽しみだ。
しかし、場所によっては守り人がおらず、水源脇の小さな祠が傾いている湧水地、水底に枯れ葉が沈み、湧水量が減少しているといった場所もある。
水を守る役割が引き継がれていないのか、水と共に生きる文化が継承されていないのか。

日本の地下水、湧水はビジネスになっている。しかしそれよりも何よりも、地域の宝である。豊かな水が古来、大地を潤し、私たちの食を支えてくれてきた。
そこには、感謝し、敬い、大切にする文化とともに物語が生まれ、祭が誕生した。
水と、そこに紐づいている諸々も、すべてが、宝だ。

つないでいかなければ。

 

南阿蘇村

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